INICIAR SESIÓN「宗一郎様、こちらは
沙弥さんが深神家の刀持ちと《煤祓い》の人数を書いた書付を渡してくれて、それを眺めながら思案する。
ご当主様の出してきた試練の条件は、あまりにも漠然としていて曖昧だ。 他の三家の協力を得られるとはいえ、範囲としてもあまりに広すぎる。 それに、これからは夜も寒くなってくるだろうから、あまり遅くまでの活動は出来ない。帝都の冬は、寒い。
火種で守られている土地だというのに、何故こんなにも冷え込むのかと思ってしまうくらいには、冬になると一気に霜が降りる。 俺は、その冬があまり好きではないが……もしかしてご当主様は、俺のそんな性質も見越してこの時期に試練を出したのだろうか?「とりあえず、刀持ちたちに確認して、今までの発生場所を確認しようと思います」
「今までの発生場所?」「発生場所に何か法則性があるかないかでも、違いますから」「なるほどねぇ。いいんじゃないかしら」「では、深神の者たちにも通達してまいりますね」「わ、わたしも! わたしもやる!」深神の2人が協力的に頷いてくれることにホッとする。
この帝都には「じゃあハル、
「宗一郎様、こちらは深神の資料でございます」「ありがとうございます、沙弥さん」「どうしたものかしらねぇ~。夜住大発生の原因を探るって言っても、何か策とかはある?」「そうですね……」 沙弥さんが深神家の刀持ちと《煤祓い》の人数を書いた書付を渡してくれて、それを眺めながら思案する。 ご当主様の出してきた試練の条件は、あまりにも漠然としていて曖昧だ。 他の三家の協力を得られるとはいえ、範囲としてもあまりに広すぎる。 それに、これからは夜も寒くなってくるだろうから、あまり遅くまでの活動は出来ない。 帝都の冬は、寒い。 火種で守られている土地だというのに、何故こんなにも冷え込むのかと思ってしまうくらいには、冬になると一気に霜が降りる。 俺は、その冬があまり好きではないが……もしかしてご当主様は、俺のそんな性質も見越してこの時期に試練を出したのだろうか?「とりあえず、刀持ちたちに確認して、今までの発生場所を確認しようと思います」「今までの発生場所?」「発生場所に何か法則性があるかないかでも、違いますから」「なるほどねぇ。いいんじゃないかしら」「では、深神の者たちにも通達してまいりますね」「わ、わたしも! わたしもやる!」 深神の2人が協力的に頷いてくれることにホッとする。 この帝都には火族四家の領地が存在しているから、明神での情報だけではどうしようもないのだ。 かといって発生場所の情報を集めた所で、意味はないかもしれない。 夜住は、帝都にはいつだってどこだって発生するものだ。 そんな生物に、法則性があるかどうかもわからない。 しかし夜住という存在を調べるにおいて、どこから始めればいいのかもわからないのが現状だ。「じゃあハル、御神苗家の書付は頼むな」「わかってる」「なんで!? わたしがやるって言ったのにぃっ」
神風さんの灯守が殺されたのは、神風さんが当主になってすぐのことだった。 今まで戦闘の中で命を落とした灯守は数あれど、人間の謀略で殺された灯守なんか一人も居なくって。 だからこそ、その一報を受けた他家の衝撃は物凄かった。 和穗はまだ幼いと言っていい年齢だったし、俺とハルも信じられないものを聞かされたという心地で。 俺が「番を喪った片割れ」を見たのも、神風さんが初めてだった。 番が帳先生だったからか、俺は戦いの中で死んだ灯守というものも見たことがなかったんだ。 だからその時まで、番を失うということがどういうことなのかも、理解していなかったと思う。 いつもはシャンと背筋を伸ばして着物の裾も、指先までもピシッと整っていた神風さん。 そんな彼が、立ち上がることも出来ずに呆然と喪主の座に座り込んだまま顔を上げることも出来ないでいる姿なんて。 見てはいけないものを見てしまったと、その時の俺は、強く思わされた。 神風さんの灯守が殺されたのは、神風家との番を輩出する家の権力争いだったと聞く。 当時の神風さんの灯守はそういう特別な家の出ではなく、神風さんと灯守が互いに認め合って番の契約を結んだ相手だったという。 それが正しい刀主と灯守の番の姿だ、と、先生なら言うだろう。 けれど神風家にとって彼らの契約は「想定外」のものであり、本来彼の灯守になる予定だった候補者とその家は大層怒り狂ったらしい。 灯守は、「灯守の家系」なんてものがあるわけではなく、刀主と灯守が「そう」と理解して番になるものだ。 特別な条件なんかはない。ただ本能的に、直感的に、互いを選ぶ。 けれど中には「灯守を数多く輩出すること」にこだわる家があり、歴史を大事にする保守派の神風家はそ
今現在帝都に出没している夜住は、2日以上を空けることはない。 毎日出没することも多く、刀持ちたちの中にも怪我人が増えているのが現状だ。 そうなると困るのは、治癒の術を持っている灯守や刀主の手が、彼らを守ることに使われてしまうということ。 現状で言えば、夜住に因る怪我を癒やすことが出来るのは、灯守では帳先生と沙夜さん。 刀主では神風さんだけだ。 この3人ともが戦力としても大きいだけに、彼らが後方に下がってしまうことは、大幅な戦力の低下を招くことにもなる。 俺はそれを頭に入れた上で──各刀主たちが納得して動くような作戦を練り、動いて貰わなくてはいけない。 当主任命のための儀式に、他の家の者の手を借りてはならない、なんていう決まりはない。 特に今回はご当主様直々に「他の三家の助力は構わない」と言付けられている。 手を出しすぎるな、というのは、俺と共に刀を学んできた御神苗家の2人に対する牽制だろう。 あくまでもこれは「明神の試練」であり、他の家の者は関与しすぎてはいけないのだ。 かと言って、「帝都に巣食う夜住の親玉を討祓せよ」なんていう大きすぎる目標に対して「何もするな」というのは無理がある。 帝都、という言葉の中には、明神の領地以外も含まれているのだから。「どうするの? お兄ちゃん」 「頭痛がする……」 「それは結構だが、我々としては最低限の方針は貰っておきたい所だね」 「あら意外ね。神風のお坊ちゃまが積極的に手を貸すなんて」 「最近の帝都の夜住出現率は異常と言えます。怪我人にも増え続けて……このままでいいとは、私とて思ってはいません」 「そうよね、ごめんなさい。みんなで頑張りましょ」 ご当主様の部屋から辞した我々刀主4人は、灯守たちと共に客室で休憩をすることにした。 俺も相談事があるし、相談もなしに彼らの切っ先を借りるわけにはいかない。 ただ気になるのは、帳先生がまだご当主様の部屋に居ることだ。 元々帳先生は俺が明神家に入る前から明神家で刀を握っていたと言うし、ご当主様も随分と可愛がっているように見える。
ご当主様は「そろそろ引退時だと思っていた」「宗一郎ならばもう大丈夫じゃろう」と、なんでもない事のように仰った。 隣りに座る帳先生の視線には気付いていたようだったが、手をひらひらさせて黙らせるばかり。 ご当主様からの評価は有難いが──俺はまだ二十になったばかりの若輩だ。 明神に来て10年。 次期当主としての教育も欠かさず受けてきたが、だからといって「俺ならば大丈夫」なんて言えるわけもない。 そもそも、ご当主様は本来燈老議会に居るべき存在だ。 ここで「当主」という地位を譲渡したならば、今度こそご当主様は議会へと行ってしまうだろう。 燈老議会に入る「元当主」たちは、安全性の高い結界が張られた屋敷に住むことになるのだ。 となれば、明神の決定は全て、俺が下す事になる。 当主がおかしな決定を下さぬように、帳先生の存在が居るのはわかっている。 わかっているが、やはり俺にはまだ荷が重いのではないかと思わずにはいられない。 神風さんのように賢ければ。 霧子さんのように強ければ。 きっと今すぐにでも了承が出来るのかもしれない、けれど。「何も今すぐという訳では無い。宗一郎よ、今帝都に夜住が増えてきているのは知っとるだろう?」「は、はい」「恐らくはデカい本体がどこぞに潜んでおる。帳と共にそれを討祓せい。他の三家は助力は構わんが、手を出しすぎるでないぞ」 思わずすぐ後ろに居る神風さんを見ると、彼は少しばかり困惑の表情をしたが軽く顎を引いて頷いた。 和穗と霧子さんの表情には困惑も何もないので、こういう時女性というのは強いなと思ってしまう。 俺と神風さんが考えすぎなのかもしれないが、この責任は重大だと言うのに。「ねぇお館様。僕はどこまで手を貸して良いの」 何も言わずに骨壺を撫でていた帳先生が、手を貸すように声を挟んだ。 ご当主様は指先で顎髭を撫でてから、帳先生の喉元に手をやってゆっくりと、白い顎を掴む。
当主の部屋は、思ったよりも簡素だ。 ここに入ることを赦されるのは、かつて当主と共に戦った当主の番か、許可を得た次代たちのみ。 とはいえ、俺はあまりこの部屋に入ることはない。 当主は、正確には前当主の父親──前々当主だ。 先代当主が若くして亡くなったことと、養子となった俺が幼かったことから、引退した彼が再び当主として再任された。 もうすでに老齢である当主は、あまり部屋から出ない。 自分から足を運ぶのは当主の代から仕えている家人たちか、何故か自由に出入りを赦されている帳先生くらいのもの。 夜警に出ることのなくなった当主は、主に夜に活動する俺とは時間が合わなくなっていた。 幼い頃から世話になっている当主との会話は、俺にとっての癒やしでもあったのに。 けれど、こればかりはどうしようもない。 夜住は、夜に活動するもの。 結果的に、夜住を退治する刀持ちや刀主だって、夜に活動するようになっていくのだ。 そうして、俺は久しぶりに顔を合わせた当主の前に膝を折り、頭を下げた。 続けて、一歩奥で神風さんを真ん中にして、他の当主と灯守たちも頭を下げる。 唯一頭を下げないのは帳先生だけで、先生は相変わらずふわふわと畳の上を滑るように歩きながら、ストンと当主の隣に座った。 当主の隣には、先に逝った当主の灯守の骨壺が置かれている。 先生がその骨壺を大事そうに持ち上げて膝の上に置き、ゆっくりと撫でる様は、まるで我が子の頭を撫でているかのようだ。 その様子に、誰も文句は言わない。 最初こそ皆驚いて言葉を失ったものだが、当主が赦しているのだ。 他の者がどうこう言えるものではない。「随分と精悍な顔つきになったのぉ、宗一郎や」「恐縮です。なんとか刀にも慣れて参りました」「うんうん。帳もよく支えておるようだ。そろそろ、お前に当主を譲ってもいいかもしれんなぁ」「&helli
──神風直紹。 年齢は確か俺とハルよりもよっつかいつつくらい上で、それでもかなり若い方の当主だ。 伏せられているのか細められているのかも分かりにく狐目は鋭く、何かあると俺たちを叱りつけてくる。 言っていることは大体正論だから俺たちも黙るしかないのだが、正直鬱陶しいと思う時もある。 なんだろうか。 母親に叱られている時のような感覚、とでも言うべきだろうか。 こんな刀主では彼女も大変だろうな…… チラリと彼の背後に居る小さな灯守を見れば、灯守の証である角灯を腰に下げた少女は慌てて俺達に頭を下げた。 名前は確か、日向子と言っただろうか。 つい最近の刀主会で紹介された時には、まだ15だか16だかだと聞いた。 彼女が突如神風さんの灯守に抜擢されたのは──神風さんの灯守が死んだからだ。 元々はかなり大柄の、灯守とは思えない筋肉質な男だったのを覚えている。 神風さんが幼い頃に決まった灯守で、まるで家族のように育った男だったとか。 その灯守が不意に死んだことで、神風家は次に真逆の灯守を彼にあてがった。 本来、刀主を選ぶのは灯守で、灯守を見つけるのは刀主のはずだ。 しかし神風さんは自ら選ぶ余裕も時間もなく、先代当主の選んだ日向子と番を結んだ。 俺は、あの時の神風さんの憔悴ぶりを知っているから、少しばかり彼に苛ついたとしても口を引き結んでしまう。 家族同然だった灯守を喪うということはこういうことなのだ、と、想像するだけで恐ろしかったからだ。 俺だってきっと、帳先生やハルを喪えばあんな風になってしまうだろう。「日向子」 「は、はひ! 申し訳ありません! 神風の灯守、日向子と申します! 未熟者ですが神風の領域を守るために尽力して参りますので、何卒よろしくお願いいたします!!」 「あぁ、はい……」 俺の背後で、和穗が平和に「可愛い~」なんて言っているが、日向子の顔